なぜ不妊治療開始までに4年6ヶ月もかかってしまうのか?
先日みかけたフェリング・ファーマによるこちらの調査
≪不妊治療中のカップルを対象に 不妊症・不妊治療に関する国際意識調査≫
ニュースなどでも取り上げられたため、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、この中で一番驚いたのが不妊治療開始まで4年6ヶ月もかかっているということです。
なぜ妊娠を望んでから、治療開始までに4年6ヶ月もかかってしまうのか?
など治療にステップアップ出来ない背景について考えていきたいと思います。
調査報告の概要
調査報告の一部抜粋
日本で不妊を認知した夫婦が病院へ受診するまでの平均期間は 3.2年、診断後治療開始までの平均期間が 1.3年、 不妊症と診断された方が子どもを持つという決断から妊娠までの平均期間は約 6.4年という調査結果でした。
不妊症を認知した夫婦の 8 割は受診前に疾患に関する情報をほとんど持っておらず、主にオンラインで情報を収集しています。その ため、妊孕性と年齢の関連性について正しく理解できていない夫婦も多く存在します。不妊認知から診療開始まで、「不妊」の定義である 1 年を大幅に越えている理由として、経済的な事情は大きな一因ですが、それ以上に不妊治療開始を判断するための情報を適切に入手で きていないことが、患者さんの治療開始を遅らせている可能性があることもわかっています。
調査人数は217名と決して多くないため、人数を増やせばもう少し違う結果も出てきそうですが、それでも治療開始まで4年6ヶ月も要していることに驚きを隠せません。
「当事者への啓発が必要」だけで解決していいのか?
このような話題になると当事者の知識や情報量がすぐに問題視され、当事者世代への啓発の強化が最初の策としてあがってきます。
確かに「不妊症を認知した夫婦の 8 割は受診前に疾患に関する情報をほとんど持っていなかった」というデータがあるように、当事者世代への啓発は必要になってきます。
ただし、同時に当事者を取り巻く人々のリテラシー向上も必要なのではないかと思うのです。
例えば、20代のカップルが1年以上子供を授からずに悩んでいた場合に、「早く不妊クリニックを受診して検査を受けた方がいいよ」とアドバイスしてくれる人はどれだけいるでしょうか?
「まだ若いのだからそんなに焦らなくても」や「そのうち授かるから」など受診を先延ばしするような助言を耳にすることもあります。
また、不妊クリニックでの検査や治療を進めるのではなく、怪しげな体質改善や妊活関連商品やサービス、それらを取り扱うサロンを勧め、結果的にクリニック受診から遠ざけてしまうような事例も見かけます。
このような現状を改善せずに当事者のみに啓発活動をしてもそこまで効果はないのではと思うのです。
全ての世代に適切な知識と情報を提供し、怪しげな妊活ビジネスを取り締まることも必要なのではないでしょうか?
治療開始までになぜ1年3ヶ月もかかっているのか?
治療がすぐに開始できなかった理由の中に
・不妊治療について決定する十分な情報がない
・私個人的に不妊治療を開始する感情的な準備が出来ていない
とあります。
ここで気になる点が「医療機関の説明は十分だったのか?」という点です。
不妊かもしれないという思いでクリニックを受診し、「不妊症です」という診断されたにもかかわらず、その後の治療開始までになぜこんなにも時間を要しているのでしょうか?
例えば、がんなど治療をしなければ命に関わるような病気であれば、医療側は必死になって治療の必要性を説明し、治療の同意を取るはずです。(もちろん患者側に治療を拒む権利もありますが…)
しかし不妊は命に関わるものではありません。それゆえ、そこまでの説明がされていないのかもしれません。
不妊のスクリーニング検査で何も問題がなくても、1年以上避妊せずに性交渉をしているのに子どもを授からなければ、「不妊症」と診断されます。
また、不妊のスクリーニング検査で全ての不妊の原因はわかりません。体外受精をして初めて受精障害などの不妊の原因がわかることもあります。
不妊のスクリーニング検査後「不妊の原因は特にみつかりませんでした」とだけ説明し、後は患者カップルに判断をゆだねてしまっていることも、治療開始に時間を要する理由のひとつではないかと思うのです。
患者をスムーズに治療に導くのも医療機関の役目のはずです。「不妊治療について決定する十分な情報」を受診した人に、納得いくように説明する必要があるのではないでしょうか。
受診がしにくい環境にも問題がある
上記以外の治療がすぐに開始できなかった理由に、経済的な問題や不妊治療と仕事の両立に関する問題も挙げられています。
当事者に十分な知識があっても、「受診しやすい環境が整っていない」ことも治療を長引かせる要因の一つになっています。
・経済的な問題
こちらに関しては、令和4年4月から人工授精・体外受精(顕微授精)が保険適用になったことで、費用面でのハードルはかなり下がりました。とはいえ、体外受精であれば1回8万円前後の費用がかかります。治療が月を跨いだり、採卵と移植が2周期に渡ったりすれば、10万円以上の費用が発生します。
確かに保険適用前に比べれば費用は押さえられるようになりましたが、それでもそれなりの費用が発生することにはかわりありません。
高額な治療費を支払えば絶対に授かるわけではないことも治療を躊躇する要因の一つなのだと思います。
また、地方の場合は遠方のクリニックに通院する場合は治療費にプラスして、交通費や宿泊費用が大きな負担になってきます
・不妊治療と仕事の両立の問題
不妊治療と仕事の両立に関しては、どこに住んで、どのような仕事をしているかによってもハードルはかなり変わります。
例えば、都内在住・在宅ワーク・フレックス勤務などであれば通院に関しても融通が利きやすいかもしれません。しかし、地方在住で出社が必須、シフト制で休む場合は代わりが必要な職種などであれば、仕事との両立は難しいかもしれません。
本人にどれだけ妊娠や不妊治療の知識があっても会社に理解がなければなかなか治療に踏み出すことは難しくなります。
特に不妊治療のために仕事を辞めないと無理な場合はなおさら受診や治療を先延ばしにしてしまうことになってしまいます。
現時点では、不妊治療と仕事の両立支援は各企業任せの状況ですが、もう少し国や行政からも働きかけ、場合によっては強制力も必要なのではないかと思います。
また、今回のアンケート結果にはありませんでしたが、地方の受診環境の問題や、2人目不妊の受診ハードルの高さなども、受診までに時間がかかる要因になっているように感じます。
早めの受診をどれだけ促しても、不妊治療に精通していないクリニックで何年も時間を費やしていては意味がありません。妊娠を望む当事者世代に受診や治療を促すと同時に、適切な専門クリニックに通院できる環境を1日も早く整えるべきだと思います。
不妊治療開始に時間がかかるのは当事者だけの問題ではない
このアンケート結果が示すように、不妊治療に関する適切な情報を持ち合わせていないカップルは決して少なくはないでしょう。また知識や情報がないことが治療開始を遅らせている要因になっていることも否めません。
ただ、だからといって啓発に力を入れればすべてが解決するわけではありません。このような報告が話題に上がるたびに、当事者世代の知識不足と啓発の必要性ばかりが声高に叫ばれますが、それだけでは解決しない様々な課題が山積していることにも着目するべきだと思います。
アンケート結果にあった「不妊治療について決定するだけの十分な情報がない」というのは、決して妊孕性に関する知識や情報が不足しているだけではないと私は感じています。
今の社会では「不妊治療をする」と決めれば、何かを犠牲にしなければならない人も少なくありません。しかしそれらを犠牲にしてまで「本当に不妊治療するべきかどうか」を決めるだけの情報もサポートもないのが現状です。
社会がこれらの問題に直視しないまま「不妊治療に関する知識や情報の啓発」だけをしていても、結局は何も変わらないのではないかと思います。
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